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Last words

2011 / 06 / 24

massずいぶん前、まだ一度目の大学生活中にAさんに連れていっていただいた場所で、エステを受けた時の写真。
一番いい角度を探してカメラと鏡と格闘していた自分を、今、心の底から可愛いと思えます。
そうね、それが、あなたの生活のかけがえのない一部だったのよね。




このブログを始めた頃、私はまだ二十歳を少し過ぎたばかりの大学生でした。
Aさんとの関係も4年半を迎えて、Aさんに対して抱いていた感情も、恋だの愛だのというものから、愛人という役割を意識したものに変わって安定しはじめたタイミングだったので、私は敢えてブログのテーマを『愛人』にしぼったのだったっけ。
婚約者との死別をなんとか消化して、Aさんのサポートのもと休学していた大学に戻ったはいいけれど、クラスメイトとうまく付き合うことができなくて…
そんな中でこのブログは、友達も少ない上にAさんが生活の全てになっていた私にとって、数少ない自己表現の場になっていたのかもしれません。

大学を卒業して社会人になってからは、自分の中に出来上がってしまった愛人としての価値観と、一般社会で暮らす自分の側面とのギャップを、このブログにぶつけていた…ような気がします。

Aさんとの関係が崩れて、Aさんに追われながらZさんのもとで何かにしがみついて…
自分の中から言葉にならないものを搾り出して、この場になすりつけて、安心したつもりになっていた時期もありました。

『ぶつけたかった自分の気持ち』の中には、愛人生活故の贅沢を見せびらかしたいという虚栄心も含まれていました。
今なら、それを素直に認められます。
そんなものを含んだ自己表現だったからこそ、私は非現実世界に『妙子』という居場所を求めたのでしょうね。





でもAさんの元を離れて、18歳の春から積もってしまっていた澱から解放されて。
Zさんの半端ではないお金の使い方に違和感を覚えて、ショック療法的に愛人生活への依存心からも虚栄心からも脱して。
今、私の目の前に広がるのは、火傷をしそうなほどに眩しいリアリティーと、誰にも憚らずに語ることが出来る喜びと痛みです。

duby「例のプロジェクト、俺が定例監査してきたよ。で、教えてほしいんだけど…」
と、前の会社での同期が、私が手がけたプロジェクトを引き継いだことを連絡してくれたり、夏のキャンプに誘ってくれたりする。
そうかと思えば、共に学び共に働いていく新しい仲間達が、毎日隣にいる。

ふと、思うのです。
私は、彼等との出会いをより大切にするために、愛人としての価値観を身につけたり削ぎ落としたりというプロセスを踏んだのかもしれない。
私は、今の仲間達と共にスタートを切るために、この大学に入学するまでに10年も待ったのかもしれない。…と。



経てきたことの全てに意味を見いだせる。
一番ほしかったものが手元にある。
そう実感できる今だから、心の底から言える。

もう、この場所は私には必要ありません。
お金も贅沢も、かつて愛した人の隣で過ごした光と影も、ゆるゆるとした当時の幸せも…必要ありません。
だから、私は自分の足で歩き始めます。
妙子という名をここに残して…